──二つの聖夜──
「さて理樹君、君は耽美なクリスマスと甘いクリスマス。どちらがお好みかな?」
いつもの数学拉致の後、唯湖さんが聞いてきた。
今日は12月23日。
恋人たちが浮かれるクリスマスのイブのイブだ。
だから、その予定を聞いているのだと思うんだけど…
「どっちも嫌な予感しかしないのは、僕だけかな」
「そんな事はないぞ?
どちらを選んでも、実に健全なクリスマスになるはずだ」
「耽美なクリスマスのどこが健全だっていうのさ!?」
「む、耽美には様々な意味があるぞ?理樹君はどの意味で解釈したのかな?」
「唯湖さんが言うのは、性的な事に決まってるよ…」
「むぅ、そんなに呆れなくてもいいじゃないか」
唯湖さんがいつの間にか膨れっ面になっていた。
「ああいや、そういう意味じゃないんだけど…」
「ふんだ。そんなこと言う理樹君なんて知らないモーん」
どうやら完全に拗ねモードに入ってしまったようだ。
…流し目で挑発的な笑みを浮かべているのはスルーしよう。
僕がどう対応すべきか迷っていると。
「ああ、そうだ。うーむ…よし、決めたぞ理樹君」
「へっ?」
「先ほどの問いだが…両方やろう。
耽美なのも甘いのも、どっちもやろうではないか」
そして翌日。
昼は唯湖さんとイブデートをやっていたのだが、
もう夕方になろうかといった時、運命の時がきた。
「さて、ではそろそろ夜の時間だな」
きた。
恐らく今から『甘い夜』か『耽美な夜』のどちらかが実行されるのだろう。
もしくは両方一度に来るかもしれない。
僕に選択肢が与えられるとは思えないが、もし与えられたらどちらを選択すべきだろう。
…どちらを想像しても、やはりイヤな予感しかしなかった。
「さて理樹君。
私が用意してある場所があるんだ。そこへ行こう。
借部屋みたいなもんだから、二人きりで居れるぞ」
「う、うん。
じゃあ案内してもらおうかな」
結局、僕はどちらの夜になるかも分からないまま、唯湖さんが用意した場所へ行くことになった。
…緊張が最高潮に達してきた。
あれから歩いて10分ほどといった所だが、未だに唯湖さんから内容については語られない。
一体、どんな事を企んでいるんだろうか。
「お、見えてきたな。
あそこの白い小屋が、今晩の我々の愛の巣だ」
そう言って唯湖さんが指差したのは、何の変哲もない白い小屋だった。
(あそこで一体、何をされるんだろう…?)
先ほど最高潮と思っていた緊張は、どうやら間違いであったようだ。
どんどん緊張が高まっていく。
そんな時だった。
「さあ、到着だ」
ついに、僕ら二人は白い小屋の目の前に到着した。
唯湖さんがドアノブに手をかける。
ドクンドクンドクン。もう止まることは無いのではと思うくらいに心拍数があがる。
ドアノブが捻られ…
「さあ、『甘い夜』の始まりだ」
そう言いながら、ドアが開けられる。
その中にあったのは────────────
「へ?」
色とりどりの、クリスマススイーツだった。
「来々谷唯湖式甘い夜は…スイーツ尽くしの、sweetな夜だ」
「そ、そうなんだ…」
「ん?理樹君は甘い物が苦手だったかな?
今まで聞いたことがなかったから、大丈夫かとおもったんだが…」
「いや、そんな事はないよ、うん。大丈夫」
そう、大丈夫なのだが…
「唯湖さんの事だから、もっとすごい事をやるかと思ったよ」
「うむ、それも考えたのだがな…折角のクリスマス、理樹君と二人で静かに過ごすのもいいかな、
と思ったんだ」
「そうなんだ、それは嬉しいな」
「それに、クリスマスぐらい独り占めしたかったしな…」
微かに頬を赤らめながら、恥ずかしそうに唯湖さんが話す。
「えっと、それは…ごめん」
「理樹が悪いのだぞ、私という物がありながらいつもいつも他の女といちゃいちゃしてっ」
あ、理樹君から理樹になった。
こうなるともう、甘えは止まらない。可愛いから別に良いのだけれど。
「うん、いつもごめんね…でも、今日は唯湖さんだけの」
「唯湖」
「へっ?」
「唯湖、って呼んでくれなきゃ許してあげない」
ああもう、可愛いな僕の奥さんは。
「ごめんね、唯湖。
今日は君だけの物になると誓うよ」
「うむ、それでこそ私の旦那さんだ」
唯湖さんが…いや、唯湖が抱きついてくる。
身長差から、唯湖が僕を包む形になるけど、それでいい。
唯湖の母性が、いくらでも感じられるからさ。
「さ、ケーキ食べよっか?」
「うん、たべさせあいっこだな」
こうして僕らの『甘い夜』は始まったのだった…
「所で理樹」
「どうしたの?」
「今日は甘い夜をやったからな…明日は耽美な夜だ」
「え?」
「粉が出るまで吸い付くしてやるからな☆」
「…お手柔らかにお願いします」
明日は、スタミナドリンクを用意しておこう。